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東京高等裁判所 昭和28年(う)3565号 判決

控訴人 原審弁護人 石田寅雄

被告人 田島正人

弁護人 石田寅雄

検察官 大久保重太郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人石田寅雄提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

第一点について、

原判決挙示の証拠によれば、原判決引用にかかる起訴状記載の日時被告人が同記載の国鉄錦糸町駅ホームで鉄道係員の許諾を受けないで旅客に西洋剃刀の購買を求めていたこと、右所為は鉄道営業法第三十五条に違反するものであるが、被告人が右行為を鉄道公安職員斎藤昌司に発見されるや直ちに下り電車に乗車して逃走しようとしたので、右斎藤は右電車の運転台の乗降口から右電車に乗り込み、亀戸駅で被告人を下車させ、前示鉄道営業法違反の事実等につき被告人を取調の為同駅ホームの運転事務室に同行を求めたが、被告人はこれに応ぜず逃走しようとしたので、右斎藤は前示鉄道営業法違反の現行犯人が逃走の虞あるものとしてこれを逮捕しようとしたところ、被告人はこれに対し、右起訴状記載のように暴行を加えたことが認められるのであつて、本件記録を調査するも原審の右認定には事実を誤認した違法があるとは認められない。

而して鉄道公安職員は日本国有鉄道の列車、停車場その他輸送に直接必要な鉄道施設内における犯罪並びに日本国有鉄道の運輸業務に対する犯罪につき、捜査の権限を有する日本国有鉄道の役員又は職員であり、その捜査に関しては原則として刑事訴訟法の規定する司法警察員の捜査に関する規定が準用されるものであつて、(鉄道公安職員の職務に関する法律(昭和二十五年法律第二百四十一号)第一条第三条参照)且日本国有鉄道の役員及び職員は法令により公務に従事する者とみなされるのであるから、(日本国有鉄道法(昭和二十三年法律第二百五十六号)第三十四条参照)前示のように鉄道公安職員たる斎藤昌司が前示鉄道営業法違反の現行犯人たる被告人を逃走の虞あるものとして逮捕しようとしたことは適法な職務の執行行為と認められ、これに対し前示のように暴行を加えたときは公務執行妨害罪が成立することは論を俟たない。前示鉄道営業法第三十五条違反事実についての取調及び起訴の有無は前示認定を左右するものではない。所論は原審が適法になした事実の認定を非難し、これと異る事実に基いて原判決の法令の適用を攻撃するものであつて、これを採用することを得ない。

第四点について。

被告人の本件行為が公務執行妨害罪を構成することは論旨第一点に対する判断中に説示したとおりである。所論、鉄道営業法第三十八条の規定は公務執行妨害罪に対する特別法として後者の適用を排除するものとは解せられない。そして被告人の本件所為が所論鉄道営業法の罰条に該当するとしても、同条違反に関する訴因が起訴されていない本件において、右鉄道営業法第三十八条違反の犯罪の成否を論議する余地はない。また原審がこの点に関し訴因の追加変更を命じなかつたことも何ら不法不当の措置とは認められない。要するに原判決の法令の適用には所論のような違法はないから論旨は採用するを得ない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 福島昇)

弁護人の控訴趣意

第一点凡そ公務執行妨害罪の成立には公務員の職務執行行為が適法であることを要するは勿論で、そのためには具体的な執行行為に対する法的諸前提の存在が必要であることは明白である。従つて原判決認定のように公務員たる鉄道公安官斎藤昌司が被告人を逮捕する措置に出たとしてもその前提である被告人の錦糸町駅構内で当局の許可なくしてカミソリの販売をした鉄道営業法第三五条違反の事実及び逮捕状なくして逮捕しうる現行犯人であることを要する。然るに被告人が右犯行既遂の事実がないことは検察庁に於ける証人前田修次の供述及び原審証人斎藤昌司並に被告人の供述により明らかである。仮りに被告人がカミソリを販売せんとしたとして当局の許可がないかどうか不明であつて、寧ろ同人等の供述による鉄道営業法違反の取調べ及び訴追のない事実等により右犯行は認められない。即ち原判決は事実を誤認したか、法令の解釈を誤り判断を遺脱した理由不備の違法がある。

第四点原判決は法令の適用を誤つた違法がある。即ち本件被告人の所為は鉄道構内に於ける鉄道係員に対する事案であるから仮りに執行妨害行為ありとしても特別法である鉄道営業法第三十八条を適用すべく右擬律錯誤が判決に影響することは明白である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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